今更だけど少年ハリウッドを見た
こちらの記事は数年前のブログから引っ張ってきたそのままのものになります。
下書きに置いておいても仕方ないので供養します…… (2018/3/3)
本当に今更感が半端ないのですが先日のニコ生の一挙放送でずっと見たいと思っていた少年ハリウッドを2クール一気見しました(^_^)!
見終えてまず思ったのが「なんで今日まで見なかったのか・・・」という思いでいっぱいでした笑
時間を見つけたら~あとで~なんて流していた時間を本当に取り戻したいくらいです。
気づけば号泣してタオルをびしょびしょにしていました。
もう2期も終わって何ヶ月も経っているので2クール全て見ての感想です。
キラキラしていて今ここが現実じゃないかのような本当に夢の国であるかのように見せてくれるそんな魅力が詰まっている、且つ永遠が叶わない。
いまの時間、いまの若さ・年代だけ”いま”を生きている。
近いようで遠くて、近づきたくてでもこの距離がよくて。
そんな存在でステージの上で踊ってスポットを浴びて輝くキラキラしたもの。それがアイドルです。
もちろんわたしたちファンはその裏側を知ることができません。
作中でもシャチョウが彼らに語っていますがアイドルは神にも生贄にもなるという言葉です。
わたしたちファンはわざわざアイドルがいる場所に進んで足を運びその姿を見たい、見ては崇めるように彼らに声援を送り熱狂します。
これは一種の宗教でわたしたちの神はそのアイドルなのです。宗教=グループ、神=アイドルではないとわたしは考えています。
でもそれはアイドルからしてみれば神でないのかもしれない。作中で颯くんのように自分にこんなふうに熱を注いでくれるのが申し訳ない。と考えるアイドルもいるかもしれない。
颯くんはシャチョウのスカウトでアイドルになった。ならされたと言ったほうが良いかもしれない。センターへの思いもアイドル活動としての思いも強くなかった。
ならされているもの→生贄。そう捉えることができる。
わたしたちファンから見るアイドルは神、アイドルからしてみればその立ち位置は生贄かもしれない。
わたしはこのやりとりを聞いて思わずなるほど!深い!!少ハリ深い!!!(バカっぽい)と。
やらされている、ならされたからこそアイドルらしいというのは確かにあるかもしれない。
でもそのやらされているという感覚がいざやりたいという自分の能動的な感情に変化したとき、より一層アイドルとしての輝きを放つのだろう。
これがシャチョウ颯くんに対して期待していたことなのではないかと思いました。
シャチョウは”いま”と”キラキラ”にとてもこだわっていますよね。
少ハリを一気見して最も酷ででも大切なことを彼らの心に残していった回が20話だと思っています。20話はもうほんとうに神回神回しか言えない。神回以外の言語を失ったのか?と思うほど神回しか言えない。
最年長で最初からなんとなくでリーダーでセンターでやっていたマッキー。
学校もやめて一人暮らしでどこにも居場所がないままだった。そんなマッキーが仮だとしてもいる居場所、少年ハリウッド。センターポジション。
センターを変えるとなったときにキラやシュンがとてもがっついてよし!やってやるぞ!といったノリであからさまな態度をとっていました。
しかしシャチョウが選んだのは颯くん。その時はマッキーは何気ない風に振舞っていますが楽屋でトミーがいることに気づかずキャットに言った「恥ずかしい」。
そしてシャチョウの誘導尋問によって吐露したカッコ悪い、恥ずかしい、悔しいという感情。
知らぬ間に自分の居場所で執着を抱いていたセンターポジションの座。
その時初めてセンターをとられた。悔しい。そこが俺の居場所だったのに。そんな感情が。
本当にここの泣き顔が胸にJINときました・・・悔しさを知らなかったマッキーに新たな感情”悔しさ”が宿ることによってほかに誰も持っていなかった輝きが手に入るとシャチョウは言っていました。
こうしてマッキーもまたアイドルとしての輝きを手にしました。
またキラは、一番の努力家でこの芸能界の仕事が大好きなんだろうなというのがとても伝わってくる。居場所も何もなんだかわからないうちに全部が始まっていたと言っていましたが、24話でこのまま残るかなと言っていたのでキラにとってはこの芸能界、ファンの前それが居場所なのではないのかなあと思いました。
芸能界での身の振り方、自分を偽りながら周りに接するキラは最年少ながら一番現実的でかわいくないって言われたりしていましたが御の字おじさんと話して吹っ切れたかのように子供らしさ、年相応の可愛げを取り戻して行きました。
初恋も飲めないブラックコーヒーで背伸びしたりして末っ子らしさが可愛かったです(^_^)
彼にとっての輝きはその現実を見ずに安いプライドを捨てることで手に入れられたものなのでしょう。
少年ハリウッドへの思い入れが誰よりも強くてアイドルが大好きで憧れでこうやって2代目として活躍できているのが本当に嬉しいんだろうなという姿。
人にじぶんのせいで傷ついてほしくない、誰よりも優しくて周りに気を使って。
永遠にアイドルでいたい、初代少年ハリウッドはトミーの中で永遠で、たとえ永遠にアイドルということが事実的には叶っていなくても少年ハリウッドはアイドルだということが永遠に彼の中で生き続ける、それが永遠にアイドルだということを示しているんじゃないのかなって思いました(何言ってるかわからなくなってきた)。
トミーは少年ハリウッドに憧れて、少年ハリウッドになりたくて唯一能動的な意思でアイドルをやっている。
ほかの面々は居場所になっていくという物語ではあるがトミーの場合は元々ここが居場所だった。その居場所からひとりだけドラマ撮影で離れて自分の居場所がなくなることを恐れていた。そして少ハリのライブを外から見てキラが代わりに歌う運気上昇イエローパンチの手がピースじゃなくなったのを見て笑います。きっとあれはキラなりの気遣い且つ応援であってほしいなと思います。帰ってくる場所はここにある、誰も居場所をとらない、これはキラのイエパンであって、トミーのイエパンとは別物。そういうことなのではないのかなあ。
そのあとのおかえりもとても身にしみました。
それから初代トミーあったかいね!!初代トミーの「だって僕は君のアイドルだからね!」は本当にかっこよかった。
トミーが初代トミーのことをアイドルと思っている、だから初代トミーはまだアイドルでいられる。トミーもそうやってトミーのことをアイドルだって思ってくれる人がいる限り永遠にアイドルなのだと。トミーは変わることも受け入れることによって変化するという輝きを手に入れたのかなと思いました。
そしてもう痛すぎて見てられなかったけれどこういう時期あるあるwwwってなりながら見ていたシュン。
恥ずかしいことをしたくない、かっこいいと思われることだけしていたい彼も普通の男子高校生でアイドル活動を少し恥ずかしいと思っていたのかもしれません。シュンの場合は考え方が広がる、想像の外に出てみることが今までの自分から変わることで輝きを手にする。そういうことなんじゃないのかなと。
恥ずかしいこともなんでも今しかできないことを受け入れる。未来を見ないで今を生きる。シャチョウが最初に言っていたように成長できてるよ!シュン!
まとめて書こうとしていたのに気づけば5人それぞれに思いが募り、それぞれの成長を書いてしまいましたが、最初に述べていたように”いま”とか”きらきら”それを自覚し手にしたときの輝きは本当にとてつもないもので回を重ねるたびにシャチョウの言っていたことがとても身にしみました。
慣れによってシュンのように天狗になってしまったり、センターの自覚や居場所等忘れていたことを刺激を与えて思い出せる。
最初の新鮮な気持ち、毎回新鮮に、毎回新しいものを提供する。
それは『いま』を自覚しないとできないものです。
だからシャチョウは未来より今を優先していたのだと。アイドルは今日一日、いまこの瞬間だけを考えて輝く。それが最も大切なことで。
今しかできないことだと考えると毎回新鮮な気持ちになりますよね。同じ日は二度と来ないかもしれない。今起きたことはもう二度と起こらないかもしれない。これがクリスマスイブの前のやる気になっていますよね。
そういう所を見抜いて育てていたシャチョウほんとすげえの一言しか出てこないです。
永遠never everの
光れ 光れ その先に何があっても
君がそこにいる 今が強いんだ
という歌詞が本当に好きです。
本当にここのフレーズが少年ハリウッドの全てを指しているのではないのかと。
歌詞一つ一つ拾って線を引きながら考察とかめっちゃやりたい。
みんな成長することによって、感情をひとつ手にするだけで大きく変わるんだなあと実感しました。(小並感)
にしてもとても制作陣の熱が伝わってきてとても熱くなれました。制作陣の伝えたい想い、気合本当に本当に強くてそれだけで泣けます(?)
1期はアイドルになるための物語、2期は新たな輝きを手に入れ、少年ハリウッドになる物語と考えています。
続きは小説らしいですが3期やってほしいなと・・・。
でもここで終わるからこそ少年ハリウッドは永遠になるのかな~~~~!